アースデイ2000日本

1996年の活動

1995年には、市民公聴会が行われ、ごみ処分場に関する議論が交わされましたが、その結果から、1996年には、廃棄物の広域処分組合や都知事、厚生省、そして多摩地域の首長に対して、提言書を作成をしたのです。何より、政治によって地球に関する問題を解決したり、呼び掛けることは大切であり、地球環境に関する法律を作るという動きも広まりました。それが、アースデイ市民国会という形となり、連絡所が中心となって動いたのです。日本全国で、様々な地域の人が集まり、それぞれの地域ではどういった環境問題が発生しているのかという話し合いが行われました。それと共に、どういった方法で解決していけば良いのかという提案なども行われたのです。これによって問題が解決したことも多々あったのではないでしょうか。 温暖化防止京都会議は、1997年に開催されましたが、これに向けて様々な活動を行ったのも1996年のアースデイの特徴です。たとえば、気候フォーラム東京事務所が市民運動全国センターに置かれたのです。これによって、お互いが協力し合って、地球問題を解決するための活動がしやすくなったと言えるでしょう。 このように、実際に地球問題を解決するために動いたのが、1996年のアースデイであったと言えるでしょう。